弟がかわいいんでしょ?

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上巻と下巻が逆転しているんです。表現が少しずつ違っているんです。だいぶ悩みますよ。採用したテキストは右に書いてあります。

これは古いので、ちょっと違うんですね。これに今は変わっています。どうして変わってしまったのかはわかりません。

解釈はあまり変わりません。

子供の頃に祖母がお手玉を作ってくれましたが、私は三個一緒に投げることはできませんでした。母はとても上手でした。今でいう、ジャグリングのようなことです。私の家では、弟が可愛がられることが多くて、私の心の中はいつもひねくれていました。

どうせ、弟がかわいいんでしょ?とつまらな気持ちを抱えていました。ある日、弟がケガをしました。自分で遊んでいてケガをしたのに、一緒にいた私がちゃんと見てなかったからだと父親に叱られました。そうなの?私のせいなの?全くの意味がわかりません。小学生の低学年だった私はこの理不尽なことが納得できず、父親がとても自分勝手な人間だということを知りました。ときに母親の職業をバカにするようなことを口にしたり、私の存在を否定するようなことを言ったりする父親が大嫌いでした。時がたち、今は80歳をこえ、ただの老人になりましたが、いうことは相変わらずで私は話をするのが嫌なので、電話があっても数十回に1度しかでないことにしています。父親には新しい奥さんがいるしお金もあるので、老後の心配は一切ないですし。父親とは思っていないので、好きにやってくださいという気持ちです。子供の頃は面白いお父さんや優しいお父さんをもつ友達が羨ましくてたまりませんでしたが、その人たちはその優しいお父さんが亡くなってしまったら、悲しみのどん底に突き落とされる心境になるでしょう。

道は非常に注目されるべきこと

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日本経済が巨大化して世界的地位が変わってしまった

日本経済が巨大化して世界的地位が変わってしまったんです。

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銀行にしてもこんな沢山のお金をどうしたらいいんですか?ということになったんです。

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のびのびと子供たちが自分のやりたいこと

のびのびと子供たちが自分のやりたいことをやらせてください。

独創性のある子供たちに育てましょう。現代は仕事はコンピューターがやります。

労働は海外の賃金の安い労働者にやらせています。若者がどんなに頑張ってもかなうはずがありません。子供は遊びの天才です。現在の経済でお金が儲かるのは遊びだけです。何か人に楽しい遊びを提供することだけが仕事として残っています。

ですから、つまらない学校に子供を閉じ込めているのはよくありません。

テストは物事の心理を追及するようなものではありません。そんな人間ばかり育ててはいけません。

学歴差別の問題について

私たちの国には差別はあってはならないのに、学歴差別があります。

いい学校にいったひとはいい待遇をうけます。

ピューレパールの使用方法

大学にいくかいかないかで学歴差別があると信じているので、みんな学校へいきます。学歴差別をうけるのが嫌だからという理由で進学して学問を学ぶのなら機能しないのです。

以前は大学は暇なところでした。暇だったからあちらこちらで議論がおこなわれていました。今の大学教員は非常に忙しくなり、議論する時間もなくなりました。こんな状態ではだめなのです。現在大学は国立大学は膨張しています。博士号をとっても就職できない人があふれています。職がなくて苦しんでいます。どうしてそんなことが起こるのかというと、学歴差別があるからです。

奨学金くらいはチャラにしてあげないと彼らは大変なことになっています。

学校はもっと違う空間でなければ意味がありません。小学校、中学校は子供をまもる基地にしてください。いらない知識を学ぶのではなく、自分のチカラで何かを生み出す場所にしてください。

もともと普通に男性でした。結婚も離婚もしました。目標達成エネルギーがなくなりました。ある意味目標達成していたのかもしれません。家庭生活がおかしくて離婚するプロセスで両親との関係もきれました。かなり自分の中で色々なものが回復してきました。自分の中で感じるチカラが戻ってきました。しっくりくると感じるようになってきたんです。女性のような恰好をすることで腑に落ちたんです。ウエストもくびれてきたんです。女性ものの服をきるようになって気が付くこともたくさんありました。心には性別がないので、自分のことがわかりづらいと思いました。無理に押し付けることは暴力です。なぜそうなるのかが気が付くのに時間がかかりました。想定外でした。自分が女性して生きていきたいなんて思ってもみませんでした。帰属集団の中での生活は人間をカテゴリー化していくので、そこにふさわしい人にならなければ落ちこぼれと言われてしまいます。

台湾や東南アジア、インドなどに工業生産は移転

台湾や東南アジア、インドなどに工業生産は移転しています。

低賃金労働者を相手に日本の若者が頑張っても、勝てるわけがありません。

日本でいくらブラック企業で頑張っても無駄です。

高度成長期に必死で働いた経験をもつ人は考えが変わりません。

若者に働かせて年金を沢山もらおうと思っているのです。

国債が多くなりすぎたので日本銀行が国債を買い取っているのです。

こんなことを続けてもどうしようもないことはみんなわかっているのですが

永久に止まりまん。これをとめるのは不可能です。

それは民主主義では不可能です。

どうしたらいいのでしょうか?どう考えても八方ふさがりで策がないと思っていたのですが、私は気がつきました。子供を守ればこの問題の解決の糸口ができます。

子供を守れば子供が増えます。子供のいる家庭が裕福になれば子供は幸せになります。

世代間の断絶をけしてしまえばいいのです。

毎日のようにオレオレ詐欺の電話があるから注意してくださいとスピーカーから流れていますが、あれはなんの効き目もありません。

お年寄りは特に長い間いい給料をもらっていた人は年金もがっぽりもらっています。

そういう人たちが海外旅行にいったりしています。

つまり高齢者層に蓄えられているお金はオレオレ詐欺で調整されています。

老人に年金を配らないわけにもいかず、しかし若い人の収入は低いまま。年金をもらっている層と若い層には厚い壁があります。

子供を守ることはその壁を破ることになります。

赤ちゃんが心配なく伸び伸びと成長できるのが私たちができることです。

大人の都合を子供に押し付けるのはやめましょう。

それから、子供を無理やりやりたくもない勉強をさせるのはやめてください。

大人は知っているでしょう?学校で習ったことはなんの役にも立ちません。

子供は好奇心の塊です。知りたいことを知りたいのです。わかりたいことをわかりたいのです。子供たちは世の中がどうなっているのか知りたいのです。

学校というオリの中にいるので外の世界のことがわからないのです。

日本では基本的人権が守られているなんて嘘を教えるのはやめてください。

そんなことにひとりあたり、何千万もの税金を使うのはやめてください。

全ての子供が幸せになれるようにしましょう。空腹で寝るところもない子供たちを救いましょう。そのお金で虐待されている子供を助けてください。いじめられている子供を助けましょう。全ての子供に幸せを与えてください。